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工作舎絵巻日記

●20030924
■これで松岡さんの話が書けます。
アマゾンで買いました!
−−
"知の編集工学"
松岡 正剛;文庫; ¥ 640

1 "遊学 1 (1)"
松岡 正剛;文庫; ¥ 1,000

1 "遊学 2 (2)"
松岡 正剛;文庫; ¥ 1,000

■杉浦さんの本は膨大で困っています。
工作舎絵巻では、論点を本のデザインに絞ろうと思います。
昨日、本屋で「かたち誕生」NHK出版を買ってきました。
P158
本の顔・本のからだ
が参考になりそうです。

宮城さんのブックデザインについて書いてある1次文献はないでしょうか?
本の美術誌かな?


●20030925(雨)

■2003年9月15日、中公文庫から松岡正剛の「遊学T・U」が出た。
帯を見ると「伝説の雑誌「遊」から生まれた幻の大著」とある。
そうなのだ。僕は少なくともその「遊」を持っていた!
あれは大学3年の頃か、「遊」・第1期の9号と10号が「存在と精神の系譜」
の上下だったのだ。大事にしていたのに今はもう無い。東京から仙台に戻り結婚
して子供が生まれ様々な人生模様を経て、今僕は南浦和にいる。その転変の内に、
いつの間にか「喪失」してしまったのだった。
だから「遊学」を買ったときは、ただひたすら嬉しかった。まさしく失なわれた
自分自身に会う感覚である。それを「郷愁」と呼ぶならそれでいい。
いそいそとページをめくる。
そうそう!ピタゴラスが始まりだった。

ここまでは良かったのだ。確かに良かったのだ。
だが、僕は、自分がある種の「幻想」を肥大化させていたことに気づき始める。
その「幻想」とは、「知る」ということの幻想である。いや、「読む」というこ
との「幻想」だろうか?
若いとき、僕は様々な本をむさぼり読んだ。それは、何かに突き動かされるよう
な衝動だった。宮沢賢治は37で死んだ。37まであといくつ?それが僕の残さ
れた時間のように思えてならなかった。その時間の中で世界をつかみ取る必要が
あった。それは根元的な欲望に近いものであった。少なくとも本を読むという行
為はその欲望を満足させてくれた。
だが、僕の読書行為は、今となっては、単なる「知識の収集」にすぎなかったと
も総括できる。知識の総体は、「世界」にはなり得ない。
現在の松岡氏自身がこの著作をどう評価するか分からないが、少なくとも自分の
代表作とは言わないだろう。
ピタゴラスの記述だけで評価するのは乱暴であろう。だとしても、このピタゴラ
スに関する記述内容は、僕には、どうしても表層的な字面が流れていくようにし
か見えないのだ。
単なる言語ゲーム、置換の言語ゲームが展開されているに過ぎないと思えてなら
ないのだ。松岡氏は、その置換行為を行うだけで何も新しいことを生み出してい
ない。ただ自分自身の中にため込んだ知識のエレメントをくるくると回している
だけに過ぎない。それはキツイことばで言えば、ことば遊びなのだ。
存在と精神の系譜であるはずの存在そのものが軽いのである。だから「遊」なん
だよと言えばそうですねと答えるしかないが、それは初めから逃げ道を用意して
闘うようなものじゃないだろうか?
若いときの僕には、松岡氏はそんな腰抜けには見えなかった。
ピタゴラスに関して、あれこれと言い換えをしながら解釈を施し、独自の場所に
ある手術台の上のこうもり傘を開こうという英雄に見えたのだった。それにこれ
ほどの言語置換能力は、相当の知識量を必要とするはずであるし、僕には、その
知識そのものがなかっただけに余計凄く見えたのだった。
現在の僕の知識量が増えたとは思わない。だが、知識を増やしていきたいとも思
わなくなってしまった。あくまで、やるべき実践が前提にあって、その目的に向
かうべく僕は船をこぎ出す。その船を動かすためにもし知識めいたものが必要な
らその場で得ていくという論法である。知識は先にあるものではなくあくまで考
え実践するための手段に過ぎない。
僕自身、そのように変わったことを堕落とは思っていない。
むしろ実践で得た知恵の方がどれだけ独自性があり価値が高いかを学んできたの
だった。
本に封じ込められた知識というものは、カビくさい。それは死んだものだ。だが、
現実の中で生きている知恵の総体というものは、優れた現場性を発揮し、我々を
世界へと導く力を持っている。
それがないのに気づいたのである。
ひょっとすると、松岡氏を語るのは、難しいかもしれない。
これだけで判断するのは、早すぎると言うことだけは確かである。

●20030926

「本の美術誌」が届いた。
松岡氏の解読作業はとりあえず中座して、この魅力的な本を読み始める。

「はじめに」の寺山修司についての言及が心を打つ。

〜「劇団天井桟敷」を主宰した寺山修司の墓は、墓石の上部がページを開けた本
の形をしている。…しかし、「アパートの一枚のドアを表紙にして、一回繰るご
とに私は書物としての街へ出て行く。一行目とはまさに『今日』のことだ」と書
き「書を捨てよ。町へ出よう」と言った寺山修司は、本の限界をみつめながらも
結局本は捨てきれず、死後の世界まで本を持ち込んだ。それでもヒトは、「本と
は何か」を問い続けることをやめない〜

ここで言う「本の限界」とは、僕が松岡氏のところで指摘したことに近いニュア
ンスがある。実践に重きを置こうとすると本とは融通の利かない過去の遺物に見
えてしまう。所詮頭の中のサーカスに過ぎないと言い捨てて僕は実戦に出ようと
する。だが、その実戦を行いながら自己参照することをやめられない。自己参照
することは実は僕を作っている様々な概念装置を稼働させることで、それは究極
的に言えば本の参照なのだった。
そして僕もおそらく建築職人図誌を作ることに象徴されるように本とは何かと問
いかけることをやめられずに行くのであろう。一種のジレンマであろうが、書か
ざるを得ないし、読まざるを得ない。この実践と参照と考察の3軸を回り続ける
ことになるのだ。

内山鑑三が「後世の最大遺物」で人生そのものが遺物であると言ったときに、実
は内山その人が言外に思ったことは、人生そのもので伝えられる「限界」ではな
かったか?
偉大なる普通の人生は、その人生を伴走した同時代人にしか伝わらないものであ
る。その人生は、例えば本に定着しなければ、時代を超えて後世の最大遺物には
なり得ない。誰かその人生の著述者が必要なのだ。

かくして本は、中川素子のことばで言えば聖書のように「呪物的な宝物」になっ
ていく。

〜あまりにびっしりと装飾された聖書は、本と言うより一種の呪物的性格を持っ
た宝物になっている。これら現在残っている写本や装丁板からもわかるように、
本の一冊一冊は帰朝でかけがいのないものである。そういった時代に、金色を背
にしてキリストが持つ華麗な聖書は、宇宙、神という全的なるもののシンボルと
して、その効果を十分に発揮したに違いない。印刷文化が発達し、多量の本が流
通している現代においては、たった一冊の本に全的なるものを認めることは不可
能に近い。本という存在や形が、みる人に対しこれだけ内なる力を持てた時代は、
ある意味でうらやましいといえる。〜

ところでどうして松岡の「遊学」が中公文庫になって力を持ち得なくなってしま
ったのか?を考えていくと、それは、工作舎のブックデザインが消去されたから
ではないかと思い当った。
僕の持っていた「遊」の「存在と精神の系譜」は、工作舎の、というより「遊」
が持っていた独自のエディトリアルデザインが色濃く反映していた。それに比べ
て中公文庫のそれは、全くそのデザインを捨象して文章だけが並んでいる退屈な
シロモノになっている。

逆に言えば、少なくともあの時代の松岡の文体は、工作舎のエディトリアルデザ
インを前提として成り立っていたとは言えないだろうか?
様々な図像が紙面を飛び交う中でつづられる文章がある種の速度とイメージを喚
起し、僕らになにがしかの思考装置を提示していたのではなかったか?


■と思ったら小野ちゃん(編集者)からメールが届いた
 松岡先生の本の件。本には時代を表明するもの。次代に残る(残すべき)本。そう
してどうでもいい本が有ると思う。「遊」は時代を表明するものの一つではないかな。

だから那須さんが工作舎のエディトリアルデザインがない中公文庫なんて…て嘆くの
はまさにそこに原因があるわけでしょう。時代を表明する本には当然その時の「時代
の空気」が色濃く反映されており、さらには優れたデザイナーの手になるものほど鋭
敏にその空気を映し込んでいる訳です。

 当時、おいらは芸大受験落選後で、そいでもまだ現代美術、とくにポップアートの
来歴を模索していたわけです。具象と抽象って何?とかね。同窓のご学友たちはその
ころ現象学、記号論、構造主義云々という複雑怪奇な世界に遊んでおりまして。中大
の木田元さんとこに入っちゃったり。こういう一種の流行と松岡先生のアンチトレン
ド指向とが微妙に時代をつくっちゃっていたりして。おフランスの現代哲学をメイン
ストリームとすればそれに対する「アンチテーゼって何」(松岡)とか。でもこうし
たスノビズムは悪くなく、むしろ以後の日本の現代文化のごく一部の底流をつくった
かもね。

おいらの松岡先生観とは「編集屋」という一言で終わってしまう。しかもお
一人で執筆、編集、出版を全部やっちゃう一人編集出版屋さんみたいな。

 時代を表明するスノッブな本って今あんのか。杉浦康平さんは大御所となり、横尾
忠則はペインターになっておちついちゃったし。

 時代を斜に見ようが、裏から見ようがとにかく時代の一秒先を必死で読もうとする
行為はいまやたんに「バ〜カ!」ってしか思われない。そういう行為自体を「無駄」
と見なす風潮自体に物凄い恐ろしさを感ずるわけです、おいらは。そういう行為に真
剣にお金出して何か作ろうなんつーのは今や論外の無駄っていうのが現代だもんね。

 ブルータスも木滑さんが去って完全な商業オンリーのトレンド雑誌になったし。
ま、雑誌は商業主義の権化でなにもかまわないが、その商業主義の中に密かに、ある
いは公然と「知的スノビズム」や知の前衛なんぞをまぎれこませて、超然とのほほん
と構えてるなんていうカッコよさはもうどこにもないけんね。
 でもおいらはやるんだ。


小野ちゃん!やってほしい!お前ならやれるよ!
「 おいらの松岡先生観とは「編集屋」という一言で終わってしまう。しかもお
一人で執筆、編集、出版を全部やっちゃう一人編集出版屋さんみたいな。」
ところで、そうだとすると津野海太郎はどうすればいいかな?
津野海太郎と松岡の比較考察が必要ではないのかな?

●そしたら小野ちゃんの答えです。
津野海太郎。1928年生まれ。というサイトと1938年生まれというサイトあり。
1928年生れなら、網野さんと同じ歳だね。
津野さんはやっぱ筋金入の編集者だとおもう。
晶文社辣腕編集者から、今度は一人歩く編集者。
いま「本とコンピュータ」誌の編集者をやってるし、著書も数多く出してるけど本質
は編集者。「読書欲と編集欲」という本の中で『編集者とはどういう人だろうか?…
自分以外の人間のもつ力にひかれ、そこに自分の力を合流させたいとする欲求をもつ
人である』と言っています。これにはドキだね。おいらの気分とそっくりです。おい
らは本で出会う物語よりも実際にこの世の中でのたうちまわっている方々のほうに目
がいっちゃうね。本を読んで本で稼いでごはん食べられる仕事のひとはいいなあ。
 さて、松岡先生と津野先生の比較文化論ですが、そこまでご両人の著作を読んでい
ないのでコメントはできません。
 両者をあまり読んでいないというのは、何か理由があるのかとも思う。私は編集者
が書く著書を余り読まないんですね。意識してではなく、なにか似た気分や立場がじ
ぶんでも『ちょっとなぁ』という制御がかかって。まあ、作家型の編集者(山本七平、
嵐山光三郎とか)と編集者が高じて著作出しちゃう人がいるけど、この違いで分類は
できない二人です。しかし、そういう違いはまず大きく存在すると思う。
--
マザーアース・プランニング 小野 伸之

●20030927(晴れ)
ガッコ(オープンキャンパス)で今日は、本格読書は、お休みです。
僕は一度に5冊くらいの本を並行して読むクセがある。
今同時並行して読んでいる本は、1.「本の美術誌」 2.「ユークリッドの窓」 3.「国語元年」
4.「数学的思考」 5.「パズルでひらめく補助線の幾何学」くらいかな。
昨日、夜寝る前に水木しげるの「生まれたときから「妖怪」だった」を読了!
非常に面白かった!「私は「ニンゲン以外の妖怪」だ」という水木氏の壮快な行き方に共感!
「ほんまにオレはアホやろか」(水木しげる)を読み始める。
オレもホンマはアホちゃうか?

●20030928(秋晴れ)
添削の仕事が来た!1枚2500円!ありがたや!しめて125,000円!
これでまた本が買える!
「遊」第2期を全巻揃える予定!
岩下さん待っててね!

●20030929(秋晴れ)
授業
僕が、コンピュータの授業を教えていることを聞いて様々な方々にびっくりされた。
「那須さんみたいな木造の専門家がどうして?」というのである。
だが、コンピュータは今後大事な「大工道具」であると思う。
だから精一杯教えている。
「未来への記憶・上」(河合隼雄)を読んだ。
大宮のジュンク堂で買った本
1.「未来への記憶」上下・河合隼雄
2.「へえの本」U〜V
3.「入試数学・伝説の良問100」・安田亨
4.「現代詩手帖」吉本隆明とは何か?
5.「構造の世界」なぜ物体は崩れ落ちないでいられるか・JE.ゴードン
6.「πの話」野崎昭弘
7.「人生を変えた高校留学物語」今村朋子
8.「芸術新潮」橋本治がとことん語るニッポンの縄文派と弥生派
研究室で「遊」発見!
1.遊198104「逢う」
2.遊198201「計画する」
仙台の雑誌「Senkey01」10/11月号が送られてきた。「平成徒然草」連載

●20030930(秋晴れ)
発作的にSENKEY01の原稿「平成徒然草」を書いてしまった。

●20031003(晴れ)
吉本隆明の「夏目漱石を読む」を読む。
河合隼雄の「未来への記憶」を読んだ後のせいか、非常に面白くそして怖い。
人間の深層心理の凄さ、恐ろしさに愕然とする。
僕の中にいる「悪魔」とじっくりと語らってみたい。
最近女難である。気をつけよう!

…と思ったら早稲田の助手の坂本さんからこんなメールが来た。
ものつくり大学
那須先生

早稲田大学建築史研・助手の坂本です。
7月に大学におじゃました際にはお世話になりました。

さて用件でございますが、私、早稲田の稲門建築会で発行しております『早稲田建築』の編集委員を担当しておりまして、その中の「復刻名講義ノート」という記事の中で、今年、渡邊保忠先生を取り上げたく現在企画を進めております。

以前より、那須先生のマンガ(解説文章つき)を大変興味深く拝見させていただいておりましたが、今回、この企画に大変相応しいと思いつきまして、ぜひと も那須先生にマンガにて原稿のご執筆をお願いしたくご連絡差し上げた次第です。

■それで、快諾!この工作舎絵巻のNO2の工作舎と吉坂さんを見せたら…
那須先生

原稿の件、ご快諾頂きありがとうございました。
後日、返送用封筒と過去の名講義ノートのコピーをお送りいたします。

また先ほど吉坂先生の思い出のファックスを受け取り、楽しく拝読させて頂きました。
保忠先生分もこのような感じでおねがいできればと思っております。

…となって更に…
那須先生

ご連絡どうもありがとうございます。
これを機に、先生のホームページに建築史研HPからリンクを張りたく存じますがよろしいでしょうか。
ご検討頂ければ幸いです。

建築史研リンクプラットフォーム
http://www.hist.arch.waseda.ac.jp/links/index_J.html

…となってしまった!もちろん快諾!
このHPが広がるといいな!

●20031004(晴れ)
またまた添削の仕事50枚!しめて12万5000円也!完了!
通算すると30万は超えるはず。だが、まだ入金されない。
岩下さん、ちょっと待っててくださいね。
それから研究室で「数の直感に始まる!」発見しました!良かった良かった!
買ったんだけど散逸しているようです。
また探してみます。

●またまた発作的に早稲田建築の原稿を書いた。

●20031006(くもり)
吉本の「夏目漱石を読む」を読んで大きな刺激を受ける。
で、また買ってしまった。
1.漱石文芸論集(磯田光一編)
2.漱石日記(平岡敏夫編)
3.漱石文明論集(三好行雄編)
4.絵のある人生(安野光雅)
5.マックス・ヴェーバー入門(山之内靖)
6.百姓になりたい!(今関知良)
7.井伏鱒二(新潮日本文学アルバム)
さっそく漱石の文学論を読み始める。

●20031007(くもり)
このHPに載せている「工作舎絵巻」をおまけに付けて「早稲田建築の原稿」を研究室へ送った。
そしたら助手の坂本さんから「おまけの方は、私が読む前に中川先生にみせたら、貸してくれということでもっていかれてしまいました。」というメールが来た。中川先生がもっていっちゃった!
どんな感想をお持ちになるか?お聞きしたい。

※夏休みからずっと暖めていた博士論文を書き始めた。
一挙に書いてしまおうと思っている。
まず、序論を書いて全体構想を明らかにした。
中川先生にご批判をいただくためにメールを出した。
反響やいかに?

●20031009(くもり)
序論のヴェーバーの客観論は評判が悪い!
それで、書き直したら、十川先輩から「迷走」と言われてしまった。
とにかく書きたいことを全部書いてしまおう。
その後に、論文としての体裁を考えようと思っている。
マンガにもしたい。(欲張り過ぎかな?)
●カミさんが、彩の国・教育の日のイラストコンペで残念ながら「優秀賞」になった。
まぁいいんじゃないか。

●20031012(くもり)
リンこと那須美加 (カミさん)の表彰式がさいたま新都心で行われた。
めでたい!

●20031014(雨)
「志ん朝の落語1男と女」を読了。
志ん朝は、凄い噺家だったと改めて思う。
「神話と日本人の心」(河合隼雄)と「漱石的主題」(吉本隆明)と「アジア的なるもの」(吉本隆明)を並行読書中。

●20031015(くもり)
またまた突発的に「どえらい人」(GAO原稿)を書く。

●20031017(晴れ)
仙台に2級施工管理技師の講習会の講師を勤めに行く。
小野ワンコから「どえらい人・その1」はひねりが足りないと言われたので、急遽、その2を書く。

●20031018(くもり)
南浦和に戻り、「どえらい人・その2」を清書する。
なんだか知らないけど仙台に帰ったら唐詩に凝りはじめてしまった。
もう自分で漢詩を書きたくなって「漢詩の書き方」や「全訳・漢辞海」(漢和辞典)を買う。

●20031026(晴れ)
はっと気づいたらもう1週間以上も書いていなかった。これじゃ、ほぼ毎日更新じゃない。
何せ、ドクター論文、3年生の就職相談、文化祭の準備、けやきの家の基本設計も最終段階に来た。
十川さんとの約束も果たせていない。ものつくり大学へのプレゼンもできていない状態だ。
茅葺きのたたき台は、今、佐藤君と打ち合わせしている。見本のページを作りたい。
そうじゃないと、どんな本かイメージが伝えにくい。
佐藤君は、11月に仕事が切れる。その間に茅葺き職人の見本を作ろうと思う。
…と思ったら、なんと宮城県から住宅産業形成に関しての仕事の依頼があった。
これまた、やりたい仕事である。
コマッタナ…。
ぜんぜん関係ないが、息子・那須翔太がCGの3Dに目覚めた。人参君の3Dをご覧ください!

●20031101(くもり)
リンが埼玉県の彩の国教育の日のイラストで優秀賞になった。
その表彰式があった。
僕は、ものつくり大学の文化祭へ。

●20040620(くもり)
気づいたらあれれ去年の11月から7ヶ月も更新していない!
恐るべき忙しさ…おかげさまでケヤキの家は着工しました。
おかげさまでリンがさし絵・イラストアーティストのNo.0070 那須 美加 mika nasu に登録された。
まあいろいろある…。
で、復活!今日は仙台へ向かう。

●20041208(木)
■おやじ+おふくろ
武秀です。

おかげさまで49歳になりました。

40代最後の年です。

僕の40代には、大きな変化がありました。
那須建設の勇退とものつくり大学への転身、そして愛する故郷仙台から見知らぬ町浦和への移動… 実業人から虚業人への変化、大学という名の牢獄での陰湿なイジメや可愛い学生たち、また、やる気のないデモシカ学生もいるし、デモシカ先生もいる… 躁鬱病との戦い(これは一生でしょうが… )
転身がやっと4年目を迎え、卒論の指導や就職指導などひとつひとつ積み重ね、本格的に大学人として一人前になりつつあります。

今日、僕の誕生日に教授会や学科会議があるのも象徴的です。
(実に退屈な会議ばかりですが… )

ですが、僕の夢はやはり本を出すこと=職人図誌を工作舎から出すことです。
その戦いは、やっとスタートしたといえるのかもしれません。

今朝、一番に翔太に「おめでとう」と言われました。
翔太は早起きで僕よりも早く起きます。
次にリン、そして愛からもおめでとうを言われました。
家族はありがたいものです。
そしておやじやおふくろの膝掛けやガウンを着ながら遙か仙台に思いを馳せ、たった一人の妹である宏美や順也たちの幸せも願わずにはいられません。

あやじ・おふくろありがとう!
心を込めてお礼を言います。

●20041213(月)
一高のMLを始めた。
---
「49歳の一高生?」
こんにちは。
3年確か6組(最近アルツハイマー気味)の那須です。
このたびMLに登録させていただきました。

一高のMLがあるなんて知りませんでした。
掲示板はあったので一回書き込みをしましたが、遠藤さんがMLを出してくれた
おかげでMLの存在を知りました。
小生、5年前に那須建設を解体し、ものつくり大学で大学の平講師を務めており
ます。愛する仙台を後にして面白くもない浦和に住む身の上ですが、こないだつ
いに49歳になりまして正直驚いております。この俺がなんと50に手のかかる年齢
になろうとは思いもよらぬことでうろたえております。

思い返せば40になったときも本当にこれでいいのだろうか?と心配しました。
自分が子供だったとき、40歳のおじさんは世の中の酸いも甘いもかみわけて実に
渋い大人の雰囲気を持っていたものでした。それがいざ自分が40になってみたら
ばなんにもわからぬたんなるおじさんがそこにいたわけで、孔子が「惑わず」な
んて無理言ったことがよーくわかったのであります。

単に俺が幼稚であることが見事に露見したのでありました。そのときはなんとか
努力して40歳になろうと決意してごまかしたのでありますが。50となるとどうし
てよいやらわからず正直うろたえております。
頭の右側やや後方から「老い」がヒタヒタと近づき、いきなり吉本隆明の「老い
の流儀」などを読んでみたり、偉人は老いをいかに受け入れたのか知りたくなっ
てフランクリン自伝などをかって読んだり、とにかくあわてています。

一高の皆様におかれましてはいかに50を迎える準備をされていらっしゃるか?そ
の辺をMLで話せたらこれは大変参考になります。もしよかったら話題にしてい
ただけませんでしょうか?

●20041216(木)
一高のMLから
---
主として戸部さま:
那須です。
> 異常?の那須君 君や遠藤周作先生 車寅次郎さんに限らず 誰でも
> 若い頃の とゆうか つい最近までもの 恥ずかしいことや
> 汚点だらけの人生(僕だけ?)ばかり思い出し
> 「あああああああああ!」とか 「びょえ〜!!」とか 叫びたくなる時は
> 昼夜問わず 随分あるんではないですかー!!!
■やっぱし…
> 実際問題 夜中は娘が隣で眠ってる(父子家庭)ので叫びはしませんが
> 昼間は自宅に一人でいる(主夫)ので 叫んだり ボヤッキーしてたり
> 黙ってポシャッてたりしてて 忙しいもんです…
■やっぱしそうですか?…安心しました。
遠藤周作は、狐狸庵閑話でそういう男が「好きだなぁ」と言っています。
いや、別にその変な意味じゃなくて。
気の弱い男の属性を好ましく思うという意味です。

■僕は、せいぜい村上ハルキぐらいで止まっていて、それも「海辺のカフカ」は
途中で気持ち悪くなってやめちゃったし、どうも最近の若い作家が読めません。
完全な食わず嫌いで、要するに若い作家の作品を買わないし買う気が起きないの
です。

■この夏久方ぶりに「ジャズやるべ」の「スウィングガールズ」(矢口 史靖)
を買って読みましたが、あの「ウォーターボーイズ」の2番煎じで全然面白くな
かった。はっきり1300円損しました。
ましてや今年の話題作であった片山 恭一の「世界の中心で愛を叫ぶ」など「ケ
ッ」というだけで全く読む気がしなかったし、ましてましてや今年のものすごい
流行となった「冬ソナ」に至っては、おばさんたちが「ヨンさまーぁあああああ
ああああぶっ」と叫んでいる現象をみるにつけ「ゲゲゲッ」状態で、番組はおろ
か、書店でもそのコーナーには近づきもしなかったのでありました。
分からないし分かれないのです。この辺も歳のせいなのかなぁ?

■最近読んでいる作家は、はっきり言って、北杜夫、遠藤周作、筒井康隆、夏目
金之助(漱石)、谷崎潤一郎、永井荷風、宮沢賢治、幸田文、内村鑑三、柳田よ
りも南方熊楠、種村より澁澤龍彦あたりばっかしで、もうこの世界で十分だし、
満足しているのであります。洋物は、カフカとか、変なところでスィフトくらい
で文学的には完全に日本回帰しています。
あとは、安吾とか、太宰とか、井上ひさし(全芝居)、阿房列車の内田百けん、
寺田寅彦、もひとつおまけに趣味の数学の高木貞治があればまぁいいや。

■音楽もまったくそうでして、えーとエイペックスのなんだっけ?そう「浜崎あ
ゆみ」…!これのどこが良いのか全く分からない。
そういえば、[香港 16日 ロイター]で「香港のマダム・タッソーろう人形
館で16日、浜崎あゆみのろう人形が展示された。浜崎あゆみはアジアで高いレ
コードセールスを誇り、ファッションリーダーとしても認知されている。(ロイ
ター) - 12月16日20時22分更新」なんて書いてある。
こうなってくると蝋人形のキモチ悪さと一緒になって「ゲゲゲのゲ」状態で頭部
のてっぺんに「!?」がはっきりと3つくらい出てくるのであります。

■音楽は、昔のジャズ、ロック、フュージョンで十分だし、ここんとこ聞いてい
るのは、ドラムがビル・ブラッフォードの時のキングクリムゾン、ドラムがデヴ
ィット・ガルバルディだったときのタワーオブパワー、ドラムが、スティーブ・
ガットだったときのスティーリーダン、ドラムが… まぁ僕はドラムが趣味でし
てドラマーを偏愛していますので、どうしてもこういう聴き方になっちゃうので
す。
完全に洋物ばかりで日本の演歌は、長崎は今日も雨だったくらいしかよく分かり
ません。
音楽において日本回帰がないのは、歳じゃないのかな?音楽だけ若いのかな?
いややっぱし浜崎あゆみとか、藤ケーコの娘(誰だっけ?思い出せない)あたり
がわかんないと歳なのかなぁ?

■テレビドラマなんぞは、かんぜんに止まっておりまして、だいたいが、ここ20
年ほどTVはほとんど見ません。これは子供も含め家族全員でそうなのです。
一応テレビはあるのですが、朝、時報代わりにNHKのニュースを流しているく
らいであとは全く見ません。夜の7時のニュースすらほとんど見ません。
最近、見たと言えば、この夏のオリンピックくらいです。それも新聞で金を取っ
たニュースを見てその確認に見るくらいなもので、あの衝撃の911のようにジャ
ストに生放送を見たというのはここしばらく記憶にないのです。
川口にNHKアーカイブスがあって、去年家族で見に行ったのですが、そこで僕
が見たのは、「国語元年」(井上ひさし)でしたし、子供が見たのは「ひょっこ
りひょうたん島」でした。家族ぐるみで井上ひさしに狂っていた頃ですが、、、
DVDのお陰様で、テレビドラマよりも昔の名画の方がずっと良く、中でも「男
はつらいよ」は、1作目から1ヶ月に1つずつそろえている最中です。

■もうこうなるとやっぱり時代に乗り遅れている自分を認めざるを得ないな。
この辺が50なのでしょうね。きっと。

■皆様はいかがでしょうか?

那須武秀

■2005年1月7日(金)
■このHPでは職人図誌の出版資金(500万円)を出してくださるスポンサーを募集している。だが、残念ながらまだそのスポンサーは現れていない。

■しかし!\(^▽^)/
いやはや驚いた!
去年の12月17日に熊本からこんなメールが届いた。
------
那須武秀様
 建築職人図鑑スポンサーに応募します。

 コンニチハ、覚えていらっしゃいますか?
崇城大学工学部(旧名:熊本工業大学)
建築学科の林 Mです。以前は、
「仙台市博物館建設図鑑」を購入させて頂きまして、
有難うございました。何冊も購入させて頂いたのは、
興味を持つ学生には、私が察する那須さんの生き様を
言葉で添えて、卒業時にプレゼントしていたからです。
内容充実・店頭非買で、学生は「宝にします!!」と、
喜んでいました。
 益々御活躍の程をホームページにて
拝見させて頂きました。
「那須武秀ここにあり!」って感じで、グットきました。
やはり、林 Mは那須武秀先生を本気で応援している
ことに、今更ながら、自分に気付きました。
 この度メールにてお邪魔致しましたのは、また、
あの「仙台市博物館建設図鑑」を購入させて頂きたく存じます。
今でも、私は、購入可能でしょうか?
もし、買わせて頂けるとしたら、
購入手続きはどの様にしたら宜しいでしょうか?
取り敢えず、用件のみで、失礼な私ですけど、
今後共宜しくお付き合い下さい。
-----------------------------
崇城大学工学部建築学科 
  講師  林 M
miki@arch(プライバシー保護のため以下略)
TEL 096-000-0000(呼出内線0000)
FAX 096-000-0000(建築学科共用)
------------------------------
■喜んで仙台市博物館建設図誌を10冊送らせていただいた。
そしたら今日(1/7)こんなメールが来た。
-----
那須先生
崇城大学の林 Mです。
色々と沢山感謝致しております。
私は、本日より勤務です。
お蔭様で、建築学科の教授方のご支援もあり、
御用始式での甚句も何とかやり遂げる事が
できました。恥ずかしかったですけど。
「仙台市博物館建設図誌」10冊を早速に
御送付頂きまして、感謝申し上げます。
御尊父様の有難いお手紙も添えて有りました。
送料を御負担頂きまして、これまた恐縮です。
と言いつつ、甘えてしまいます。ごめんなさい。
代金は、郵便局より振り込みをさせて頂きます。
御礼も含めて、仙台の御尊父様と電話にて、
少し会話をさせて頂きました。
甚句にぴったりのシブイお声でした。
・ ・ ・ 
長くなりそうなので、本日はこれにて。
感謝。
-------
■続けておやじからこんなメールが来た。

 今日、15時頃はるか九州の林先生から電話があり驚いた。  本確かにいただい
た、あの本はとても貴重なもので、実際に現場の経験してない一般の先生ではとても
書けない。  先生はあのような甚句を作られさぞ学生に人気がおありでしょう。い
や、この本のお陰で私は学生に人気が得られた・・・と本のことを何回も褒められ恐
縮してしまったわい。  お父さんの声を聞きたくて電話したんだが、いい声してま
すね とおやじまで持ち上げられた。いつか、相撲甚句を一緒にうたいですね−でも
驚かないで下さい、私は140pしかなくて既製の服は合わないんですよ、 とき
た。きっと浜田先生の奥さんみたいな方なんだよなあ。  那須先生はもっと書かれ
るのでしょう、おおいに期待してます。 なにか、書くようで始まっているところで
す と言っておいたよ。支払いは郵便局に振り込みます。 とまあ、かいつまんで電
話での話内容を報告する。 金が送られたら蒲鉾を送ろうと思っているよ。
***************
         那須 武志
  nasubil0521@(プライバシー保護のため以下略)

■なんともはや幸せなことである。\(^O^)/
-----------------------------------------------------------------------
■更に幸せは続く\(^○^)/
昨日(1/6)に突然!こんな葉書が来た。
------
■田子内 A様からの葉書
前略
新年早々ホームページを見ていましたところ貴殿のページに「建築職人図誌・全
体構想(出版工作舎)修正案01」というのがありました。
この本(本だと思うのですが)についてもし刊行されていましたならば価格や購
入方法などを教えていただければと思います。
急な問い合わせで大変申し訳ないとは存じますが、よろしくお願い申し上げます。
草々

平成17年1月3日

〒028-8201
岩手県九戸郡(プライバシー保護のため以下略)
田子内 A
Tel0194-00-0000(FAX同左)

-----------------------------------------------------
■那須の返事

田子内 A 様
2005/01/07
ものつくり大学建設技能工芸学科
那須武秀
前略
新春の候、時下ますますご清祥の段、お慶び申し上げます。
お葉書を頂戴し恐縮致しております。

実は工作舎から出版予定の「職人図誌」全12巻は、現在制作中です。
また、制作に500万円かかりますのでその予算をいかに獲得するか?スポンサー
を募集中であります。
まず1巻目は、現在、消滅の危機に瀕している茅葺き職人をまとめようと考えて
おります。
その取材や調査を着々と進めておりますが、大学が新制大学であるため今年始め
て4年生が社会に出るまで、未体験のことが多く雑事に忙殺されております。
現在は、9人の卒論生の卒論指導や職人学の授業など職人図誌に制作する暇が無
く中断しております。
まずなんとか、4年生の卒論を立派に作成し元気に社会に出て行ってほしいと願
う毎日です。
以上のような次第でまだ職人図誌は出版されておりません。誠に申し訳ありませ
ん。
今後田子内さまのように出版されているのではないかという誤解を解くべく、ホ
ームページを修正したく存じます。

ご覧になったホームページは、500万円の出版費を出していただけるスポンサー
探しのため作成したものですが、なかなかこの不況で500万円を出していただけ
るような団体や財団がない状況です。
しかし、原稿は作り続けます。
本として出版できなくとも研究の一環として調査研究は続行しますので、もしよ
ろしければその資料がまとまりましたならば、本の形式ではありませんが、送ら
せていただきます。

この職人図誌にはその前提の著作「仙台市博物館建設図誌」がありまして、この
本は、那須建設30周年記念として自費出版しました。社会的に現場の職人さんの
情報が少なく、この本は東北学会賞を受賞しました。
それが工作舎S社長さんの目にとまり、現在なくなりつつある職人の研究を行
った本をシリーズとして出版しようという企画が通りました。
何年かかるか分かりませんが、がんばる所存です。
出版の暁にはお知らせ致します。
どうも申し訳ありませんでした。お詫び申し上げます。

草々

------
■以上を工作舎のS社長さんに報告したら以下のようなメールを頂戴した。
(恐縮至極である)

那須武秀 さま


> ■田子内 A様からのはがき
> 前略
> 新年早々ホームページを見ていましたところ貴殿のページに「建築職人図誌・全
> 体構想(出版工作舎)修正案01」というのがありました。
> この本(本だと思うのですが)についてもし刊行されていましたならば価格や購
> 入方法などを教えていただければと思います。
> 急な問い合わせで大変申し訳ないとは存じますが、よろしくお願い申し上げます。

新年早々、嬉しいメールですね。
支持者を少しずつでもふやしていけば、
いずれ一気に開花する日がくると信じましょう。

象設計集団『空間に恋して』も、
とても本にできるとは思えないプロセスが延々続いた果てに
最後は怒濤のごとく上梓できました(よろしくお披露目のほど!)。

職人技の保存は、国家的なテーマでもあります。
デジタル・アーカイブ化も視野にいれた動きをつくれば
文部科学省なり、経済産業省から予算がひきだせそうな気もします。

いずれにしても、
確かな技に裏づけられた人脈ネットワークが不可欠です。

本年も、充実した一年となりますように。



工作舎

〒150-0046 東京都渋谷区松濤2-21-3
tel: 03-3465-5251/fax: 03-3465-5254
e-mail:sogawa@kousakusha.co.jp
URL: http://www.kousakusha.co.jp

●2005年1月8日(土)
一高MLから
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■明日休みであるのをいいことに今日は珍しく深夜まで起きている那須です。

■こないだの新年会でこんなことに気づきました。

やはり一高生は頭がいいのですね。

なんていうか、別に気をつけなくともツーカーで分かり合える言葉の水準と理解力を共有している安心感があるのです。

これって皆平気でやってますけど凄い水準なのですね。

改めて一高生のすごさを思い知りました。

あの時代の一高は、やや大げさに聞こえるかも知れませんが、東北中の天才・秀才・異才・傑物が集まっていたようです。

せめて時速70キロくらいで走りたい自分が日常的に50キロ以下で走っていてどこかおかしいなと無意識で抑圧されているようです。そのタガがはずれていい場所が一高の新年会なのですね。

皆平均時速100キロ以上ぐらいで平気でとばせる快感ですね。

■おじさんになっていくとなんだか世間ずれして、本も読まなくなるようですが、皆さん凄く軽いフットワークでいろいろな本を読んでいらっしゃるようですし、新聞記事なども裏の裏まで読み込んで実に話しが面白い。

僕も若い頃にきっとおじさんいなったら演歌などを歌っているんだろうなと思っていたことがあったけどやっぱしキングクリムゾンのあのビル・ブラッフォードのドラミングは色あせないし、相変わらず家で深夜ヘッドホンをつけながらシンセドラムをたたいている自分を発見するわけです。

■新年会の2次会の熊さんチームとウサギさんチームの歌合戦も実に見事でした。
おそらくみんなそうなのだろうと思います。

■この際、このMLも含めて時速200キロの世界までいっちゃおうかな!

■閑話休題:今日買った本(明日から3連休なので嬉しくて買っちゃった)
1.「吉川幸次郎講演集」朝日選書1 1974年初版
2.「漢字の話・上」藤堂明保 朝日選書309 1986年初版
3.「漢字の話・下」藤堂明保 朝日選書310 1986年初版
4.「仏教に学ぶ老い方・死に方」 ひろさちや 新潮選書 2004年初版
5.「木工の世界」 早川謙之輔 新潮選書 1996年初版
6.「続人間詩話」 吉川幸次郎 岩波新書リクエスト復刊 1961年初版
7.「技術と文明の歴史」 星野芳郎 岩波ジュニア新書 2000年初版

■結構面白そうでしょ?
1は吉川ファンとしてはお恥ずかしいことに初見でびっくりしながらヨロコビイサンデ買いました。
「学びて時にこれを習う」の「習う」は、「おさらいをする」という意味ですが、おさらいは本当に面白いですね。楽しくて仕方がない。理解が深まっていくのが自分ではっきりと分かります。年を重ねると言うことはこういう意味ではいいことですね。
中国古典選1〜2の吉川幸次郎の「論語」上下も去年の夏頃からずっとじっくり読み直しています。

■僕は、大学院時代(専攻は建築史です)に、仏教思想をアビダルマ法典の原始仏教から始めてほぼ鎌倉時代の禅宗まで仏教を徹底的に学びました。建築史の仏殿を理解するためでしたが、読んでいる内に仏教思想の虜になり、もう夢中で読みました。
ちょうどそのころ「仏教の思想」シリーズが角川から出ていまして全8巻をむさぼり読みました。これまた、「習う」心境で仏教もまた読み直したく思っています。

■博士課程では、アジア建築の研究に向かい、東洋思想に完全にカブレ、「論語」を徹底的に読みました。…それこそ暗記するほど。(だいぶ忘れましたが)
そこで吉川大先生に出会い、相当傾倒しておりました。京大学派は基本的に大好きなのです。

■現在どういう訳か論語を再び「習う」気分になっていまして、論語読みの論語知らずにならないよう学び直しているところです。

■それと漢詩がいいですね。もうむちゃくちゃいい!
現在、一番好きなのは、この詩です。

勧君金屈卮
満酌不須辞
花発多風雨
人生足別離

井伏鱒二の訳詩で有名な唐(618-907)の于武陵[うぶりょう](810-?) が作った「勧酒」と題する五言絶句です。

井伏の名訳を書きましょう。

この杯を受けてくれ
どうぞなみなみ注がしておくれ
花に嵐のたとえもあるぞ
さよならだけが人生だ

まさしく一高26回生新年会の乾杯の言葉にふさわしくはありませんか!

■2〜3は、漢字検定試験の1級を目指していますのでこれまたヨロコビイサンデ買いました。象形文字である漢字の成り立ちは面白すぎる。

■4は49歳の一高生として読みたいと考えました。また年々年を取っていく両親のことを考えながら読もうと思っています。

■5はものつくり大学の授業のため、6は「習う」心境から再読、7はものつくり大学の授業「職人学」の基礎知識の洗い直しのためです。

■蛇足ながら論語冒頭の有名な言葉です。皆さんご存じでしょうが…

巻 第一
学而第一
01-01

子曰、學而時習之、不亦説乎、有朋自遠方来、不亦楽乎、人不知而不慍、不亦君子乎

子の曰わく、学びて時にこれを習う、亦た説(よろこ)ばしからずや。朋あり、遠方より来たる、亦楽しからずや。人知らずして慍(うら)みず、亦君子ならずや。

先生がいわれた、「学んでは適当な時期におさらいをする、いかにも心嬉しいことだね。[そのたびに理解が深まって向上していくのだから。]だれか友達が遠い所からからも尋ねて来る、いかにも楽しいことだね。[同じ道について語り合えるから。]人が分かってくれなくても気にかけない、いかにも君主だね[凡人にはできないことだから。]」

■この「朋あり遠方より来たる、また楽しからずや」こそが一高の新年会だったんですね。
 
妄言多謝!
お休みなさい!

那須武秀

■おやじにもこの文章を送ったら以下のようなおしかりを受けた。
-----
 さっき会合から帰って一高26回新年会の回想文をみた。内容はなかなかいいが、
ちょっと走りすぎてるので一言。 いろいろな本を読むのは結構なんだが、それをみ
んなにひけらかすのは、どうかな。かえって なんだ今ごろ読んでいるのか− など
と思うのもいるんじゃないかな。 いつも言ってることだが、自分をアピ−ルするに
は少なからずカクシがあっていいのだ。自分を全部出してしまわないように厳に注意
する。
***************
         那須 武志

●2005年1月9日(日)
やはり一高のMLから
---
那須です。

「一青窈」(ひととよう)というとんでもないのが出てきた。
テレビもラジオも聞かぬこの僕に飛び込んでくるのだから、もう世間では相当騒
がれているのではあるまいか?

この人の言語感覚は飛び抜けている。
「江戸ポルカ」も良いが「ハナミズキ」が、ものすごく良い。

『僕の我慢がいつか実を結び
果てない波がちゃんと止まりますように
君と好きな人が百年続きますように』

なんだろ?
この歌詞は?

まるで夏目の「夢十夜」の「第一夜」のような…

『「日が出るでしょう。それから日が沈むでしょう。それからまた出るでしょう、
そうしてまた沈むでしょう。――赤い日が東から西へ、東から西へと落ちて行く
うちに、――あなた、待っていられますか」
 自分は黙って首肯いた。女は静かな調子を一段張り上げて、
「百年待っていて下さい」と思い切った声で云った。
「百年、私の墓の傍に坐って待っていて下さい。きっと逢いに来ますから」
 自分はただ待っていると答えた。すると、黒い眸のなかに鮮に見えた自分の姿
が、ぼうっと崩れて来た。静かな水が動いて写る影を乱したように、流れ出した
と思ったら、女の眼がぱちりと閉じた。長い睫の間から涙が頬へ垂れた。――も
う死んでいた。』

 … … …

『真白な百合が鼻の先で骨に徹えるほど匂った。そこへ遥の上から、ぽたりと露
が落ちたので、花は自分の重みでふらふらと動いた。自分は首を前へ出して冷た
い露の滴る、白い花弁に接吻した。自分が百合から顔を離す拍子に思わず、遠い
空を見たら、暁の星がたった一つ瞬いていた。

「百年はもう来ていたんだな」とこの時始めて気がついた。』

『僕の我慢がいつか実を結び
果てない波がちゃんと止まりますように
君と好きな人が百年続きますように』

一青窈のインタヴューによれば、これは例の9.11をきっかけにして作った歌だそ
うな…
だから『果てない波がちゃんと止まりますように、君と好きな人が百年続きます
ように』は祈りの言葉なのかも知れない。

それもいいだろう…だが、僕にはすぐさま夏目の夢が連想された。
「百年」という言葉は、夢一夜の女のセリフを、「ハナミズキ」は白い百合を連
想させ、僕らはその女のために百年待つのである。そして瞬く星を見て、もう百
年が過ぎ去ったことを知るのである。

はやりとんでもないのが台湾から出てきた。
亜細亜は可能性の海に浮かんでいる。

それはとっくの昔に死んだはずの茅葺き屋根にどこか似ている。

-----
以上深夜の呟きでした。m(_"_)m(テレ…)
(/。\)ミザル <(‐‐)>キカザル (‐×‐)イワザル

●2005年2月18日(金)
少年大工の写真が見つかった。


●2005年4月11日(月)
ファイルを検索していたらこんなのが見つかった。
----
研究室変人列伝
■史標原稿「研究室変人列伝」その1
990909那須武秀
聞けば史標もめでたく40号を迎えるそうである。ここらでこんな内輪話もお許しいただけるのではないか。以前、西本さんに「変人だらけだった那須さんの世代のことを書いてみては?」と進められたこともあった。そのお言葉にも甘えて書かせていただいた。「変人」といえば聞こえが悪いが、要するに愛すべき男たちである。この文章の中で「変人」は尊称に値する。
史標の僕以外の格調高い論文の合間の心のオアシスとしてお読みいただければ幸いである。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
■研究室変人列伝 01 鈴木光一氏
■光一君をご紹介する。

光一君は僕が修士時代に主宰していた「建築奇学」ゼミに参加してくれた。
建築奇学ゼミは江戸時代の奇建築ばっかし研究する変な男の集まりで
テントを担いで下呂温泉に農村歌舞伎を見に行ったり
歌舞伎の浮世絵を分析してその平面と立面を復元考察したり
福島の会津さざえ堂のからくりを模型にしようとしたり
まあ好き勝手やりほうだいのゼミだった。
(思えばこれが中川さんがいうところの「青い空だけでなにも無かったけれど、長く暑く深い沈黙で満たされた夏」の研究室だったのだ。)
研究室では「建築奇学隊」と呼ばれて馬鹿にされていたが
建築奇学隊の歌なんぞを歌ったりして別に平気だった。
隊員は光一君と茂樹君の二人だけ。
時々、現在新宿梁山泊の座付き舞台美術兼役者をやっている
大塚聡が入ってきた。
(大塚はこの25日にニューヨーク公演をするそうだ)

光一君は僕が企画したスリランカ旅行にも参加してくれた。
スリランカで彼は現地の少女と知り合った。
すごく仲が良くなったらしい。(一線は越える暇がなかったと聞く)
日本に帰ってきてしばらくして
その少女から船便でカレーライスが届いた。
光一君は心から喜んで食べて腹を壊した。
ビニールにはいったぐちゃぐちゃで異臭の漂う愛情にまともに
答えたのだった。
すんばらしい男である。

彼は伊藤喜三郎設計事務所に入り、ジャカルタへ病院を建てに行った。
そこで現在の奥様リタ・ヌルプスピタサリ嬢に出会った。
その気はすでにスリランカからあったと言うべきであろう。
彼は女房の進めによりイスラム教徒になった。
時々断食したりしているらしい。
すんばらしい!じつにすんばらしい男である。

現在は横浜支店にいて設計をしている。
子供は二人長女5歳に長男1歳
(僕の子供も上が7歳、下が5歳・いやまったくかわいい盛りだな。)

以下、彼の了承を得ずに最近の光一君からのメールを部分的に引用する。
――――――――
★子供に聞いてはいけない質問に「お父さんとお母さんとどっちが好き?」というのがある。等価であるべき愛情に優劣の評価を強いる酷な質問だからだ。しかし,「娘と息子とどっちが好き?」と聞かれたら,僕はためらわず「娘!」といってしまう。
子供に対する愛情も平等であるべきだが,やはりそう言わざるを得ない。

★娘はかわいい。泣いても笑っても拗ねても甘えてもかわいい。しかし,息子はというと・・・・あんまりかわいくない。
家財の破壊を尽し,夜昼かまわず大声で泣叫ぶ。食べ物をつまんでは投げ散かし,食っては吐き散かす。好奇心旺盛だが臆病,乱暴だが小心,母親にはべったり甘えて父親にはなつかない。その上,鼻が曲るほど臭い糞便を垂流す。
息子には,自分の名前の一字を与えた上に,字画占も完璧にクリアして,「洸史(ひろし)」という名前を与えたが,今は「おサル」と呼んでいる。

★僕は娘に恋しているのかもしれない。やがては振られる運命の悲しき片思いだ。
息子は僕の分身なのかもしれない。息子の行動や性格が腹立たしいのは,それがあまりに自分に似ているからだ。父が僕に言った。「洸史はおまえの小さいときにそっくりだ。実を言うとおまえのことをブッ殺してやりたいと思ったこともある」 いやはや遺伝の力とはすごいもんだ。やがて息子も分身でなくなり,僕を踏越えて行くだろう。
娘に振られ,息子に淘汰され,人生ははかないなあ。
――――――――――――――――
■すんばらしい!
僕はこういう馬鹿な男が大好きだ。

■多謝!
那須武秀
オプコード研究所仙台ラボ

―――――――――――――――――――――――――――――――――――
■ネガンボの少女
以上のような列伝を書いて光一君へ送ったらこんな
返事がきた。事実は小説より奇なりである。以下光一君のメール…。
――――――――――――
★変人列伝の筆頭に加えていただき,まことに光栄です。
しかし,上述の件については,少し補足させていただきたいと思います。
その理由の一つは,このメールを何かの拍子に妻が見て,スリランカの少女との関係にあらぬ疑いを持つ前に,事実関係を明らかにしておく必要があるためであり,もう一つの理由は,僕はけっして「すんばらしい男」などではなく,この件に関しては今でも胸が痛くなるような自責の念にかられているという事をお知らせしたいと思った
からです。
まあ,暇つぶしに読んで下さい。

★ネガンボの少女★

その少女の顔も名前も覚えていない。ただ,悲しい思い出だけがある。

彼女との出会いはこうだ。那須氏が企画したスリランカ旅行の2日目,首都コロンボから古代遺跡アヌラーダプラへ向う道すがら,我々は陸稲を収穫する農村の風景にであった。インド洋に沈み行く夕陽に紅く染められた稲穂のじゅうたんの中で,農夫たちは編カゴを器用に使って収穫した米の籾殻を風に飛ばしていた。まるでミレーの絵画のように。
河津さんの提案で車を止め,その村に寄っていくことにした。マイクロバスを降りた一行は,旅行者特有の笑顔を浮べながら農夫たちに近づき,バシャバシャとシャッターを切った。一家総出の刈入れだったのだろう,農夫の輪の中には子供も年寄りもいて,儀礼的な笑顔で我々を見ていた。
その中の一人の少女が,なぜか僕を選び,ペンフレンドになってくれないかと恥かしげに言った。僕は突然のことに驚きつつも「Y,YES」と応え,手帳を破って名前
と住所を書いて渡し,少女は自分の名前と住所を僕の手帳に書込んだ。
車に戻って手帳を眺める僕を見て,「何でコーイチなんだよぉ」と,沢村君が口を尖らせて言った。

帰国してまもなく,少女からの手紙が届いた。差出人の住所にはNEGAMBO,SRI−LANKAとある。海外から手紙が来たのは初めてだったから,すこし興奮気味に封を切った。内容は,自己紹介や家族のことなどが書かれており,「末永く文通をお願いします」と結んでいた。僕は,通り一遍の返事を書いた後で,「スリランカでは各家庭でカレーの味が違うそうだが,貴方の家のカレーのレシピを教えてほしい」と書いて投函した。

二ヶ月近くたって,ずしりと重い包が届いた。包の中にはネスカフェの500グラム瓶があり,その中に自家製の調理済カレーがぎっしりと詰込まれていた。完成品をもってレシピを伝授しようとしたのだろうか。
包紙には,様々な絵柄の大小の切手が,ところせましとはられていた。切手の額面を合計すると100ルピーを優に超えている。日本円に換算すれば千数百円という金額だが,スリランカの物価を考えれば,数万円にも匹敵する出費のはずだ。

消印を見ると発送してから一月はたっている。熱帯を船で旅してきたのだ。瓶の蓋を開けてみた。崩れた肉じゃがのような黄色い固まりの上に油ぎった煮汁が染み出している。恐る恐る鼻に近づけると,ゴミ収集車の酢えた臭いがした。腐っているかもしれない。でも,これは食べないわけにはいかないと思った。自分の軽はずみな要望が彼女とその家族に負担をかけたオトシマエをつけねばならないと思った。

とりあえず電子レンジで加熱してご飯にかけて食べた。腐ったタマネギをカレー漬にしたような味がした。腐っていると確信した。三口目には胃の中のものが喉の奥に沸き上がった。それ以上は食べられなかった。

僕は,このカレーを三口しか食べられなかった。喜んで食べたわけではない。愛情を受止めたのでもない。ただ,切手の重みを噛み締めて食べた。
このおかげで腹痛を起したのは事実である。熱が出たので医者に行った。本当のことはちょっと言えなかったので,「外国製のカレーにあたったかもしれない」と言って薬をもらって帰った。

と,ここまでは笑い話としてよく人に話すのだが,胸の詰る話はこれからである。この先はあまり人に話したことはない。

カレーの礼状を書く前に,彼女からの手紙が届いた。今度の手紙はシリアスなものだった。彼女は現在家の手伝いをしながら学校に通っているが,できれば上級の学校に進学したい。ところが家族は貧乏だからその余裕はない。上級学校の学費は年間7〜8万円(日本円換算)なので貴方がそれを出してくれないか,という内容である。

正直僕は困惑した。7〜8万円という金額は学生の身にしてみれば大金だが,工面できない額でもない。だが,一度会っただけの少女のスポンサーになって関係を深めて行く義務,ないしは資格が僕にあるのだろうか。今回仮に仕送りをしたとして,この先これがエスカレートしてもっと大きな要求をしてきたらどうしよう。そうした時の覚悟があるのか? いやちょっと待てよ,彼女はカレーの代金を要求しているのかもしれない。それなら相応の金を送ってお茶を濁そうか。もともとその辺がねらいだったのかもしれない。……等々,僕の心の中でいやらしい疑念疑惑が渦巻いた。そして,国際経済の溝の深さと,彼女との文通は決して同等な立場ではありえないということに始めて気がついた。

心の整理がつかず,返事を延ばし延ばししていると,彼女から催促の手紙が2回来た。それでも返事を書かずにいたら,3回目の手紙にはこう書いてあった。「貴方からの返事がありません。貴方は怒っていらっしゃるのですか。もしそうでないなら返事をください。」
この言葉には震え上った。怒っているわけがない。金を出すのか出さぬのか,この選択に結論が出せない自分を恥じているのだ。この手紙には応えねばならない。そう自分に言聞かせた。だが,筆をとっても言葉が出ない。「明日書こう」と毎日思った。
そして無為の日々が流れた。

彼女の手紙は,きまって黄色い封筒に入れて送られてきた。郵便受の中に黄色い封筒を見つけるのが恐かった。だが,4度目の手紙は来なかった。

彼女のカレーが純粋な善意であったにしろ,したたかな投資であったにしろ,僕は現実から目を背け,逃げた。最悪の形で彼女の期待を裏切った。こんなやつが,どうして「すんばらしい男」でありえよう。あの時食べたカレーの味は,僕の無知と醜い心を写したものだった。

★ ナスさんの文章に触発されて,ガラにもないものを書いてしまいました。ナスさんの文章を読むとなぜか露悪的になり,告白めいたものを書いてしまいます。なんでかなぁ。
★ 中川先生から保忠先生祝賀会の案内状をもらいました。当日会うのを楽しみにしています。

****** Koichi Suzuki ******
K.Ito Architects & Engineers
Yokohama Branch
Phone: 045-661-3522
Fax: 045-661-3523
Mailto: ksuzuki@k-ito.co.jp
************************

■那須の返事…光一君へ

■鈴木光一くん
那須です。
列伝の註をいただきありがとういございました。
拝読…涙が流れた。
あのカレー事件を現在まで罪の意識として持ちつづけることが
できる光一くんを尊敬する。
おぬしはすばらしい男だ。
僕の軽薄な変人列伝を恥じる。
すまなかった…
ゆるしてください。
―――--------------------------
おまけ:
■自分のことをかくのははばかられるが、馬鹿なんだから仕方ない。
反省を込めて自分を見直してみたい。
■研究室変人列伝 その2 那須武秀
■この男は、学生時代本当に本気でドラムで食おうと真剣に考え、
ほとんど勉強しなかった。
だから4年生まであがれたのはひとえに同級生のおかげであった。
(特に武田君にはヒトカタナラヌお世話になった)
本格デビューをしようとやっきになって慶応出身(これがやばかったのかもしれない)の女性ボーカルのバックバンドになって、さあやるぞと思ったら、その女性ボーカルがマネージャーとできてしまい和歌山方面に逃げてしまった。
とたんにひまになった那須は久しぶりに大学へ行った。
そしたら55号館のエレベーターの脇に歴史研主催の「京都・奈良旅行」という張り紙がしてあって新4年生を対象に京都の伝統的な建物を見に行こうという呼びかけであった。
暇になってしまったし、まあ気分転換に行こうかということになってのこのこ出かけていった。
あたりを見回すと、皆ちゃんと3年間勉強してきた方々で那須は寂しかった。
■この旅行が那須にとって大きな転機であった。
あの奇跡の茶室・待庵に出会っちゃったのだ。
にじり口から中をのぞくと、
「がーーーーーーーーあああああああああああああん」
と一発殴られたような感動を覚えた。
なんなんだこれは!!!!!!!!!!!?掛け軸が浮いてるぞ!
真正面の室床は四方塗りまわしの床で遠近法を惑わす効果がある。
そこに掛け軸がしつらえてあり、その掛け軸が本当に空中を浮揚しているように見えた。
そして室床の向こうから風が吹いてくるように感じた。
なんだなんだこれは?????????
その風が那須の顔まで届いたとき那須はこう考えた。
「これが建築なのか?今まで音楽のほうがすげえと思っていたのに
なんだこの感動は!建築ってひょっとすっと音楽よりすげえのかもしれねええええええぞ。
やばい!俺まるで勉強してなかった。どうするべ?」
■那須は親父を説得して大学院へ進む決意をした。
つまり学部でサボりまくったので大学院で勉強しなおそうという甘い考えである。
どこに行くべきかは自ずと明らかだ。那須は現代建築はほとんど感動することができない。
伝統のあの懐かしき美しき本物の建築を見たいのだ。
歴史研へいくぞ!
そこまではよかったのだが、なにせ勉強していないから那須は推薦で研究室に入れるはずもなかった。
またあたりを見回すと
安松君、大塚君、吉永君、もう一人(誰だっけ?)
の歴史研入学希望者は、すべて早稲田高等学院出身で皆さん優秀な成績を収められ、軽やかに推薦入学を果たしておられた。
…那須は寂しかった。
地方出身者は那須だけ、成績が悪いのも自業自得だが那須だけで、試験を受けることになった。
■大学院の公開試験を受験した。
早稲田出身者は那須だけであとはほかの大学のなんだか優秀そうな方々だった。
那須はまた寂しかった。
だが、あとで中川さんから聞いたところによれば
「英語がよかった」そうで何のことかわからないがまぐれで成績が1番だったらしい。建築関係の科目の成績が良かったわけじゃないところがこの男らしいとところである。
ペーパーテストは突破した。しかし最大の難関は面接である。
しかも面接者は、名にしおう、あの「保忠大先生」である。
…大丈夫だろうか?
那須は寂しいどころじゃなかった。
■面接前日、那須は付け焼刃の建築史関係の本を読みながら寝られなかった。
明日は10時に面接である。ああ運命の日だ。俺はまったく就職活動をしていない。
これで落ちたらどうする?
ぐるぐる回る人生灯篭…那須はもう柄にもなく心配だった。
■次の日、那須が起きたのはなんと11時過ぎだった!
「ああああああああああ遅刻だああああああああああああああ」
しばらく空白の時間が流れ、はっと気づいたときは自転車をこいで明治どおりを新宿方面へものすごい勢いで驀進していた。
「就職?大学?就職?大学?就職?大学?就職?大学?就職?大学?」
なんど心の中でつぶやいたものか…
エレベーターを待つのももどかしく那須は階段を17階まで駆け上った!
この状態はほとんど高田の馬場の堀部やすべい状態で息せき切って敵を討ちに行く状態であった!
タッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッ
17階の廊下に出たら、中川さんがいた!
「那須君!どうした?君の番は後に回しておいたからすぐに保忠さんにあいなさい!」
おおおおおおお!地獄に仏とはこのことじゃ!面接の権利は中川さんが確保してくださっていたのだ!
御礼を言うまもなく堀部状態のまんま那須は保忠さんへ突進した。
保忠さんはなんだか驚かれたご様子だった。(そりゃぁそうだろう…)
「那須君、君は何故この研究室に入りたいのかね?」
「ハアハアハアハア ぼっぼかぁ けっけんちくが すっすきなんですぅううううううううううううううううううう ハアハアハアハア」肩で息をしている那須であった。
しばし沈黙が流れ
保忠さんは一言「そうか…」
とおっしゃった。
その他なんか少し聞かれたように思ったが、覚えていない。
面接は簡単に終わって那須は晴れて研究室の一員になれたのであった。
■以上(那須スリランカ編は後日。)

■多謝
那須武秀
潟Iプコード研究所仙台ラボ
nasu@xf6.so-net.ne.jp

●2005年7月2日(土)
翔太の運動会だったが、翔太は足に怪我で満足に出場できなかった。
残念!来週の日曜日に陸上大会がある!僕は工作舎とはつきあわず翔太の勇姿を見ることに決めた

■こんな仕事をした。

平成17年度 厚生労働省委託調査研究
WBT教材開発・テーマ用紙

ものつくり大学建設技能工芸学科 氏名 那須武秀

コース名     職人技(職人学入門)                              

●概 要

1.職人技を学ぶ意義
現代は、消費の時代であり、人々はものつくりの体験を得られにくい状態にあり「技術」だけ頭だけの人間は世にあふれ、「職人」とその「技」が軽視され、ものつくりの大切さと実践を忘れ、ものづくり・日本の将来が危ぶまれている。
その中で本学は、良いものを生み出す創造力と、自らの手でものを作る方法に優れた、頭も体も動く「知的野蛮人」=「新たな職人」=「テクノロジスト」の養成を目指している。ここから、将来の日本に資する人材が生み出されてくることが期待されている。ここでは「技」を「技術を包含する頭脳と肉体の統一体」と定義し、本教材は、その実践の基礎を具体的な「職人技の実例」を中心としながら解説し、考察させ、受講者の実践を導くことを目的とする。(なお、本教材では「職人技」を「学」として体系化し「職人学」と呼ぶことにしたい。)

2.「職人学」の展開
以下、キーワードを中心として全体の構成を述べる。
1.「職人」とは何か?:「おはしから宇宙まで」「頭脳+肉体の統一的創造体」
2.「職人学」の学び方(具体的方法論):
@職人発見(動機付け):「仙台職人図誌」「みやぎビルダーズスクール」等
A職人情報(取材方法・情報ツール):「ノート・野帳・スケッチブック」「デジカメ・携帯電話カメラ」「スケール」など7つ道具解説「現場メディア実践講座」より抜粋等
B現場主義(取材の現場):「現場の創造性」「新価値創造」「現場空間」「新潟三条市田齋のみ鍛冶の実例」
C現場学(学習の定着と表現・記録方法): マンガ表現・文章・映像・HP・DB・研究論文(その長所と弱点)
D発信の実例:1)「マンガ」(仙台職人図誌)2)「文章」(現場新聞)3)「VTR・映画」(博物館映像学研究所・孝壽聡監督インタービュー)4)「HP」(職人図誌HP)5)「DB」6)学会論文(「茅葺き職人の復活研究」)等

3.「職人」は未来エリート
イタリア・カロッツェリアの椅子・リサイクル・環境問題・仙台天水桶・作る喜び・消費から自立へ・日本の本当の近代・職人の地位向上・亜細亜職人学構想

4.参考資料・解説
1)「仙台職人図誌」(雑誌「仙台経済界」12年間連載・ものつくり大学建設技能工芸学科1年「職人学テキスト」)
2)「現場メディア実践講座」(彰国社・雑誌「施工」3年間連載)解説
3)「仙台市博物館建設図誌」躯体3役偏(那須建設施工研究会・著・東北建築賞努力賞)解説
4)「仙台すまい探偵帖」(河北新報2年間連載・無明舎出版)解説
5)「現代職人図誌」(雑誌「土木技術」連載開始)解説

●(参考)本教材で登場する主要な職人リスト(敬称略)
1. 菅井文一郎(宮大工14代)
2. 村上定一郎(船大工・サンファン・バウチスタ号復元)
3. 村上清一(鍛冶)
4. 菅井光男(菅井鞄店)
5. 田齋明夫・田齋道生(鑿鍛冶・田齋)
6. 熊谷貞好・秋雄(熊谷産業・日本唯一の茅葺き専門工事業者)
7. 孝壽聡(映像職人・博物館映像学研究所所長)
8. 山口昌伴(文筆職人・道具学会理事・事務局長)

以上

■おやじ武秀です。
愛が今学校との連絡帳にこんな小説を連載しています。
文庫本手帳に表紙を書き、帯までつけて、本格的に本を作ろうとしています。
僕はこんなコトしてなかったよね?

〈入り口は、おふろ〉 

3月29日火曜日。本当に火曜日か?本当か?信じたくなかった。夢であることを願いつつ、オレはほおをバシッとぶった。 「いってええ!」ああ、何てぇこった!こんな火曜日なんて無くなってしまえばいいのに。しかし、そんなに世の中は甘くない。「水泳の日よ」母の声だ。

オレは、水泳が大の大っきらい!なのに母はオレを水泳に通わせる嫌がるオレを! 水泳に行ったって、いいことなんてひとつもない。体力がなくなるだけだ!そんな文句を言いつつも水着にはきかえそのうえにズボンをはいた。ぎゅうぎゅうだ!もう水泳のことなんて、忘れたい!

「ねえ、ゆういち・・・・」

母の声だ。ど〜せ「水泳そろそろ行くよ。」なんて言うんでしょ〜。「きょう水泳休みだって〜。」目が丸くなり、ビョ〜ンと飛びはねた。ウサギのようだ。これはオレの変なクセ。

「あっそうそう電話!」まだ4時。遅くはない。「んもぅ!休みときくとこうなんだから!」

母の声もぜんぜん耳には入らない。今は遊びで精いっぱい!すぐさま友人の勉(つとむ)、盛岡、海(かい)、ユッサンに電話した。「オレゆ〜いち!遊べる事になったんダ!!」

「へ?どなたです?」勉の声でも勉の母の声でもない。や・・・やっちゃった?「・・・そちら矢部様、勉様のお宅ですよねぇ?」「いいえ」ガッチャ〜ンドキドキしながら電話を切った。2回くらい間違い電話をしたが、やっと全員に電話できた。よっし!いつもの公園だ!公園ではミニやきゅうをした。カキーン青空にボールがすいこまれる。オレは今、青空だ。空にとけ込む。「ユーイチ、速く走れョ!」「あっうん。」オレはダッシュした。

ドロンコになって帰ってきたら、「キッタナ〜イ!はやくお風呂にはいりなさ〜い!!!」と、母。んもぅ!母はオレをなんだと思ってるんだ!ゆういちは、晴れの心がショボンとちぢんで、くもりになってしまった。そんなことを思いながらズボンをぬいだ。「あっ!」

パンツだ!水泳のパンツだ!ぬぐのを忘れてたんだ!面白い。このままは〜いろ!「どしたの?」母だ!水着のままお風呂にはいろうとしていることがばれたら怒られる!とっさにオレはお風呂にジャポンと入り、「何でもないよ。」と言った。母は納得したらしく、これ以上何も聞かなくなった。が、「あっそうそう。お風呂あがったら、洗濯物たたむの、手伝って!あと、あと、食器洗いと・・・・」なんていう。あ〜あ。なんでオレはコキ使われるんだ!チェッ一人っ子は損だ。も〜イヤダ!オレはお風呂の中に頭をつっこんだ。ぶくぶく〜。海の中にいるようだ。

くっ苦しい!オレは顔を上げた。「???」どっどっどういうことだ・・・?オレはサファリパークにいるのか?ゆういちがそう思ったのもむりはない。だって、ゆういちがみている場所はテレビでよく見るサファリパークにそっくりだったんだもの。うそだよな?ゆういちはいつもの「バシッ」をした。い・・いたい。「信じたくない。」それだけだった。オレはもう一回。もう一回・・・。何回もほうをぶった。ポタッ涙が落ちる。「ウワ〜ン」オレ11才になってから始めて泣いた。もうかえれないのか?そんなのあんまりだ!「ど〜したの?に〜たん。」びくっとしてふりむいた。3~4才くらいの男の子が後ろにたいた。恥ずかしくて顔から火がでそうだった。

(まだまだ続く)

■2005年某日

土曜日から月曜日にかけて
那須がやった仕事です。

十川先輩!
那須の仕事も手伝ってください!
ご批判をお待ちいたしております。
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平成17年度 厚生労働省委託調査研究
WBT教材開発・テーマ用紙

建設技能工芸学科 氏名 那須武秀

コース名  大工木工技能(見直し)                                   
 概 要
■はじめに
現在の教材には、「木工加工の対象となる木材の種類や性質、さらに大工道具の種類やその機能、構造、仕組みについて学ぶ。刃物の研ぎの原理を知り、鉋刃、鑿の刃の研ぎ、さらに鉋台の調整や鑿の調整を行う。次に鉋、鑿、鋸の使い方について学ぶ」とあるが、1年生の実習で実際使用してみると様々な問題点が指摘でき、有効に利用されていない。
基本的に、まず本学の実習で有効に利用できる教材であるべきと考える。1年生はほとんどが素人同然であり、その実践を通じて改良された教材が一般にも受け入れられると考える。以下その観点から見直しをしてみたい。
■最大の問題点
一番の問題は、音声がコンピュータ合成音で聞き取りにくく、また書いてある文章をただ単にそのまま読むだけの内容で、生きた実習としては、非常勤講師の生の声を重視すべきである。まず、この点を第一に改善する。だらだらと長い文章を書いても誰も読まないし聞かない。そのため、講師の話のポイントを要約するようなキーワードを並べることを基本とし、かえって逆効果となる音声は入れない方針としたい。(効果的な音声は別に考えたい)
■各章別の考察
以下各章別に問題点を指摘し、改善案を列挙していきたい。
・1日目:木工加工と木工材料
実習では、ほとんど使用されない。実習に木材を説明する時間がないからであり、これは座学向きの内容である。また内容的にも一般書と同じで特筆すべき実践的知恵は書かれていない。従って、@この章をはずすか、あるいは、A木材の基礎知識を学ぶ参考図書を紹介するか、あるいは、B経験豊富な非常勤の大工さんから、木の性質で特に注意すべきことをイラスト入りなどで分かりやすく話してもらう方がよい。(現在は、Bの方向で考えている)
・2日目:木工加工の道具
これは、重要な章である。
(中座)

●大学に問い合わせたらこれじゃなくて職人技が先だと言われあわてて方向転換!

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平成17年度 厚生労働省委託調査研究
WBT教材開発・テーマ用紙

建設技能工芸学科 氏名 那須武秀

コース名     職人技                              

 概 要
1.職人技を学ぶ意義
現代は、消費の時代であり、人々はものつくりの体験を得られにくい状態にあり「技術」だけ頭だけの人間は世にあふれ、「職人」とその「技」が軽視され、ものつくりの大切さと実践を忘れ、ものづくり・日本の将来が危ぶまれている。
その中でAB大学は、良いものを生み出す創造力と、自らの手でものを作る方法に優れた、頭も体も動く「知的野蛮人」=「新たな職人」=「テクノロジスト」の養成を目指している。ここから、将来の日本に資する人材が生み出されてくることが期待されている。ここでは「技」を「技術を包含する頭脳と肉体の統一体」と定義し、本教材は、その実践の基礎を具体的な「職人技の実例」を中心としながら解説し、考察させ、受講者の実践を導くことを目的とする。(なお、本教材では「職人技」を「学」として体系化し「職人学」と呼ぶことにしたい。)
2.「職人学」の展開
以下、キーワードを中心として全体の構成を述べる。
1.「職人」とは何か?:「おはしから宇宙まで」「頭脳+肉体の統一的創造体」
2.「職人学」の学び方(具体的方法論):
@職人発見(動機付け):「仙台職人図誌」「みやぎビルダーズスクール」等
A職人情報(取材方法・情報ツール):「ノート・野帳・スケッチブック」「デジカメ・携帯電話カメラ」「スケール」など7つ道具解説「現場メディア実践講座」より抜粋等
B現場主義(取材の現場):「現場の創造性」「新価値創造」「現場空間」「新潟三条市田齋のみ鍛冶の実例」
C現場学(学習の定着と表現・記録方法): マンガ表現・文章・映像・HP・DB・研究論文(その長所と弱点)
D発信の実例:1)「マンガ」(仙台職人図誌)2)「文章」(現場新聞)3)「VTR・映画」(博物館映像学研究所・孝壽聡監督インタービュー)4)「HP」(職人図誌HP)5)「DB」6)学会論文(「茅葺き職人の復活研究」)等
3.「職人」は未来エリート
イタリア・カロッツェリアの椅子・リサイクル・環境問題・仙台天水桶・作る喜び・消費から自立へ・日本の本当の近代・職人の地位向上・亜細亜職人学構想
4.参考資料・解説
1)「仙台職人図誌」(雑誌「仙台経済界」12年間連載・ものつくり大学建設技能工芸学科1年「職人学テキスト」)
2)「現場メディア実践講座」(彰国社・雑誌「施工」3年間連載)解説
3)「仙台市博物館建設図誌」躯体3役偏(那須建設施工研究会・著・東北建築賞努力賞)解説
4)「仙台すまい探偵帖」(河北新報2年間連載・無明舎出版)解説
5)「現代職人図誌」(雑誌「土木技術」連載開始)解説

(参考)本教材で登場する主要な職人リスト(敬称略)
1. 菅井文一郎(宮大工14代)
2. 村上定一郎(船大工・サンファン・バウチスタ号復元)
3. 村上清一(鍛冶)
4. 菅井光男(菅井鞄店)
5. 田齋明夫・田齋道生(鑿鍛冶・田齋)
6. 熊谷貞好・秋雄(熊谷産業・日本唯一の茅葺き専門工事業者)
7. 孝壽聡(映像職人・博物館映像学研究所所長)
8. 山口昌伴(文筆職人・道具学会理事・事務局長)

以上

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≪教材構成シート≫  
指導原書内容題目 及び 指導原書課題一覧
コース名  職人技(職人学入門)                

指導原書内容題目 指導原書課題名 指導原書 担当 画面校閲  担当 画面校正  担当

(90分または180分単位) (5分または10分単位)
1 職人とは? 1 職人とは? 那須 那須 那須
2 おはしから
3 3尺グリッド・家・国・世界・宇宙・心
4 頭脳+肉体
5 あなたも新しい職人になれる!
6 N君の場合
2 職人発見 7 職人発見! 那須 那須 那須
8 仙台市博物館新築工事現場から
9 現場新聞(型枠大工の発見!)
10 ミヤギビルダーズスクール(菅井さん)
11 菅井かばん店
12 仙台職人図誌
3 職人情報 13 取材 那須 那須 那須
14 七つ道具01
15 七つ道具02
16 七つ道具03
17 大事な道具
18 現場メディア実践講座
4 現場主義 19 現場とは? 那須 那須 那須
20 現場の創造性
21 現場空間の凄さ
22 属人的情報が最新!
23 現場で学べ!
24 新潟三条市・田齋ノミ鍛冶
5 現場学(学習の定着と記録) 25 マンガ 那須 那須 那須
26 文章
27 VTR・映画
28 HP
29 DB
30 学会論文
6 発信実例 31 マンガ(仙台職人図誌) 那須 那須 那須
32 文章(現場新聞)
33 VTR・映画・映画(孝壽監督)
34 HP(職人図誌HP)
35 DB
36 学会論文(茅葺き復活研究01)
7 職人は未来エリート! 37 イタリア・カロッツェリア 那須 那須 那須
38 リサイクル・環境問題
39 仙台天水桶
40 作る喜び
41 職人の地位向上
42 職人は未来エリート!
8 参考資料・解説 43 仙台職人図誌 那須 那須 那須
44 現場メディア実践講座
45 仙台市博物館建設図誌
46 仙台すまい探偵帖
47 現代職人図誌
48 新現場学入門

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●十川先輩!
何かアドヴァイスを!

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■引き続き休むまもなく新現場学!

まず指示書を書く!
ひーツカレタ!

ついでページ割り

新現場学入門・ページ割り

ページ 内容 筆者 依頼
表紙 那須
裏表紙1(赤) 那須
裏表紙2(赤) 那須
裏表紙3(赤) 那須
白 那須
1 現場本の使い方 那須
2 那須
3 那須ギャラリー01 那須
4 新現場学入門(中表紙) 那須
5 目次 那須
6 那須
7 那須ギャラリー02 那須
8 第1章現場学のススメ(中表紙) 那須
9 現場をいかにつかまえるか? 那須
10 那須
11 7つ道具 那須
12 那須
13 建築馬鹿の現場学 山口先輩 1●山口昌伴先輩の原稿の画を描くのを忘れていた!
14
15 那須ギャラリー03 那須
16 第2章職人学入門(躯体3役編) 那須
17 コンクリート打設前日午前中 那須
18 那須
19 コンクリート打設前日午後 那須
20 那須
21 コンクリート打設当日午前中 那須
22 那須
23 コンクリート打設当日午後 那須
24 那須
25 型枠大工編01大工カタログ 那須
26 那須
27 02墨出しマニュアル 那須
28 那須
29 03下ごしらえ 那須
30 那須
31 04柱型枠組立 那須
32 那須
33 05梁型枠組立その一 那須
34 那須
35 06梁型枠組立その二 那須
36 現場新聞号外 那須
37 07壁型枠組立 那須
38 那須
39 08床型枠組立その一 那須
40 那須
41 09床型枠組立その二 那須
42 那須
43 10階段型枠組立 那須
44 那須
45 11型枠解体 那須
46 那須
47 大工双六 那須
48 那須
49 01 鉄筋工カタログ 那須
50 那須
51 02 柱筋組立 那須
52 那須
53 03 梁筋組立 那須
54 那須
55 04 壁筋組立 那須
56 那須
57 05 床筋組立 那須
58 那須
59 06 階段筋組立 那須
60 那須
61 鉄筋工フローカード 那須
62 那須
63 壱 鳶工カタログ 那須
64 那須
65 弐 土工カタログ 那須
66 那須
67 参 鉄筋足場・単管足場 那須
68 那須
69 四 移動式足場・内部枠組足場 那須
70 那須
71 五 外部枠組足場 那須
72 那須
73 六 ステージ・通路・吊足場 那須
74 那須
75 七 玉がけ・雑工事 那須
76 那須
77 八 鳶土工花札 那須
78 那須
79 九 鉄骨鳶カタログ 那須
80 那須
81 十 鉄骨立て方 那須
82 那須
83 躯体3役考 那須
84 型枠大工インタビュー 那須
85 鉄筋工インタビュー 那須
86 鳶土工インタビュー 那須
87 最新コンクリート工法+現場情報工学 矢口さん+児玉くん 2.3
88 第3章職人学入門(仕上げ工編) 那須
89 01.防水工 那須
90 02.石工 那須
91 03.タイル工 那須
92 04.金属工 那須
93 05.木工事 那須
94 06.ガラス工 那須
95 07.建具工 那須
96 08.左官工 那須
97 09.塗装工 那須
98 那須
99 10.内装工 那須
100 那須
101 11.雑工事その他 那須
102 那須
103 12.機械設備工事(空調) 那須
104 13.機械設備工事(給排水衛生) 那須
105 14.機械設備工事(その他) 那須
106 15.電気設備工事(強電+弱電) 那須
107 建築職人の行方 中川武先生 4
108
109 那須ギャラリー04 那須
110 第4章現場監督学入門 那須
111 1.何もない空間 那須
112 那須
113 2.土工事空間 那須
114 那須
115 3.基礎工事空間 那須
116 那須
117 4.地下躯体空間 那須
118 那須
119 5.鉄骨立て方空間 那須
120 那須
121 6.1階躯体空間 那須
122 那須
123 7.2階躯体空間 那須
124 那須
125 8.RF.PH躯体空間 那須
126 那須
127 9-1.内装工時空間(1階) 那須
128 那須
129 9-2.内装工事空間(2階) 那須
130 那須
131 10.外装工事空間 那須
132 那須
133 11.外構工事空間 那須
134 那須
135 12.竣工 那須
136 那須
137 現場監督とは何か? 那須
138 那須
139 那須ギャラリー05 那須
140 第5章建設流通学入門 那須
141 なぜ流通学か? 那須
142 地域型部品のススメ 那須
143 01 鉄-1 那須
144 那須
145 02 鉄-2 那須
146 那須
147 03 コンクリート(セメント) 那須
148 那須
149 04 石(花崗岩) 那須
150 那須
151 05 サッシュ 那須
152 那須
153 06 ガラス 那須
154 那須
155 07 木 那須
156 那須
157 08 職人MAP 那須
158 那須
159 09 協力会社MAP 那須
160 那須
161 10 アッセンブルマトリクス 那須
162 那須
163 流通を超えて  樋口裕泰先輩 5●十川先輩!ご紹介ください!
164
165 那須ギャラリー06 那須
166 第6章建設技術図誌 那須
167 01 建設過去編 那須
168 那須
169 02 建設現在編 那須
170 那須
171 03-1 建設技術未来編 那須
172 那須
173 03-2 建設人間未来編 那須
174 那須
175 新たな大工の誕生〜アーキテクトビルダー 中埜先輩 6●中埜先輩よろしくお願いいたします!
176
177 那須ギャラリー07 那須
178 あとがき表紙 那須
179 あとがき 那須
180 那須
181 インフォメーション 那須
182 那須
183 奥付 那須
裏表紙の裏
裏表紙
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■十川先輩!
何かアドヴァイスを!
志賀様
何かアドヴァイスを!

これから本歌始動!

僕の頭は切り換えて動き出したら止まらない!
切り替えるまでが大変だけど一端切り替えたら
無意識で考えていることも含めてものすごい量が一気に出てきます。

工作舎月島プロジェクトはすっかり忘れました。
基紀と現場を見るまで忘れます。

まず、これから1Q実習の採点を行います。

今築きましたが、携帯電話は、学生からの問い合わせなどうるさいので
マナーモードでした。(当分誰とも話したくないのでマナーモードにしていきます)
爆眠していたのでまったく築きませんでした。
失礼ノダンお許しください。m(__)m

しかし、3日徹夜でこれしかできないのか!
全く若い頃と比べたら落ちたモンだ!
オレも歳だな… 馬鹿だ…

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